『宮根誠司』の嘘と裏の顔… “隠し子” の母が真実を明かす!ミヤネ屋存続の危機か⁉

“隠し子” の母…A子さんが10年間ずっと我慢してきたといいます。

それは…宮根誠司がついたにより、ずっと愛人呼ばわりされ、周囲からは冷たい目で見られてきたそうです。A子さんはそれでも、彼やその家族の迷惑になるだろうと、本当のことを話さずに黙ってきたそうです。

しかし…最近ある事実を知って宮根誠司を許せなくなったそうです。

宮根誠司(54)は「情報ライブ ミヤネ屋」や「Mr.サンデー」で司会を務める売れっ子です。

だが、宮根誠司には隠せない黒歴史があります。6年前、「女性セブン」に「宮根誠司に隠し子!語り尽くした4年の苦悩」という記事が掲載されました。そこでは宮根誠司本人が、妻とは別の女性との間に “隠し子” がいることを明かし、事の経緯を明らかにしている。

「女性セブン」の記事では、宮根誠司が作り上げた話に基づいており、宮根誠司にとって都合の良い内容になっていたそうです。当時はマスコミに出る勇気もなく我慢するしかなかったそうです。

そして今回宮根誠司の裏の顔…と “隠し子” の真実を話すキッカケとなった “ある事実” とは…。

宮根誠司とA子さんが出会ったのは ‘04年の6月。当時20代だったのはA子さん。大阪・北新地のクラブで働いていました。宮根誠司は客としてテレビ局関係の人とよく通っていたそうです。宮根誠司はA子さんを食事などに誘ったりして、仲良くなり交際がスタートしたそうです。

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当時、宮根誠司は大阪の朝日放送を辞めてフリーになったばかりで、A子さんが仕事の相談にも乗っていたそうです。A子さんはそんな宮根誠司を応援しようと、A子さんのお店にテレビ局や制作会社の重役が来れば、少しでも彼の仕事に繋がるようにと紹介していたそうです。宮根誠司が東京で仕事がある時には、ついて行く事もあったようで、周囲からも公認の仲だったそうです。時には所属事務所の社長も一緒に食事をすることもあったようです。

付き合って2年くらいたった ’06年8月頃に、A子さんよりも先に出会って付き合っている人がいるという事を打ち明けられたそうです。その時A子さんは「もし、その人と結婚する気があるなら、私はすぐに別れます」と数えきれないほど伝え、別れを何度も切り出したが、宮根誠司から何度もメールをもらいまたヨリを戻す。そんな日々が続いていたそうです。

’06年8月に宮根誠司は今の奥さんと結婚していますが、公にしていなかったため、A子さんも宮根誠司本人から一言も聞いておらず、いつの間にか結婚してた状態だったそうです。それでも結婚しているという事実を隠し続けながら、会う機会は以前より増え、宮根誠司の誕生日も一緒にお祝いをしていたようです。

‘07年6月8日宮根誠司との間に子供ができたことを病院から帰ってすぐに本人に電話で伝えたそうです。しかし宮根誠司の反応は「えっ⁉」と困ったリアクションだったそうです。そして4日後に本人から「実は結婚している」と打ち明けられたそうです。その日の深夜から慌てたように謝罪メールが何度も届いたといいます。

妊娠半年後くらいに、宮根誠司はA子さんの四国の実家を訪れ両親に、玄関を入るなり土下座し、「一生かけて償う」という言葉、そして必死さでその場では宮根を許したといいます。

しかし…今年 ’17年A子さんの両親から宮根がA子さんに黙っていた “ある事実” を聞いたのです。

宮根誠司と奥さんがA子さんに黙って四国の父親の元に訪れたそうです。二人はA子さんの父親を近くのホテルに呼び出し、宮根の奥さんが「こんなことになって、どうしてくれるんだ」と責め立てたそうです。宮根は横で何も言わず黙り込んでいたそうです。突然のことでA子さんの父親も二人を前に強気に出ることもできず、ただ「孫が大きくなるまで守っていくだけです」と答えるのが精一杯だったそうです。宮根の奥さんは訴えて裁判を起こすことも危惧している様子だったようです。

A子さんはその事実を9年近く経って初めて父から聞いたそうです。それは、A子さんを気遣ってずっと黙っていたそうです。宮根誠司が四国に謝罪に来た時に、A子さんの父親は「頑張らなあかん」と宮根を励ましたといいます。宮根誠司と奥さんがとった行動はA子さんの両親の優しさを踏みにじる行為でした。

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